2016年1月7日木曜日

ブロウ


2001年作品
ジョニー・デップ、ペネロペ・クルス、ポール・ルーベンス、フランカ・ポテンテ、レイチェル・グリフィス

あらすじ:現存するドラッグ・ディーラー、ジョージ・ユングをモデルとしたドラマ。

貧しい生活から逃げるように都会を目指し、欲しいものを手に入れる為に、ドラッグ・ディーラーとなるが・・・。




これは、当時映画館で見て、泣いたのを覚えています。

ジョニー・デップとペネロペという組み合わせも魅力でしたが、ストーリーが裏社会で生きる男(家族)のドラマということで、実話ベースとはいえ、日本に住む一般人としてはファンタジーですからね。
あくまで、ファンタジーとして、日常からかけ離れたちょっと悪いものに惹かれるというのは、女子ならば誰もが持ってる要素ではないかと思います。

ただ、この話のジョニー・デップは、そんな女子的妄想にとってはちょっと邪魔な感じの、おっさん化しているんですけどw
それがまた、リアリティを感じさせて私は良かったです。

つくづく、男というのは女からみて、うらやましくもあり、でもやっぱり厳しいんだろうな、とも思います。

容姿がどうであれ、稼ぎがよくて権力があれば、大抵のものは手に入ります。ただ、その代り、がむしゃらになって、稼いだり、その地位を守ったりしなくてはいけない。

最初から、そんなもの持っていなければ、必要以上に守る義務もないだろうに、でも、手に入れずにはいられない。

男としての、生存本能というか、競争本能というのか。

それを諦めた時点で負け犬とされるのでしょうから、大変ですよね。

ま、とはいえ、女子も女子で大変なんですけどね。

生きる、というのは誰もが平等に大変ではあります。

ただ、この映画を見ていると、特に「裏社会」で生きることを選んだ場合には、さらに生き急いでいるような印象は受けますよね。

最初から、「ドラッグ」というものにかかわっている時点から、この物語が、ハッピーエンドに終わるようには思えないのですが、そこが実話ベースの味わいでもありますよね。

単なるフィクションなら、いかようにもできますが。

ひとまず、映画作品として、ジョニデ演じる主人公は、確かに犯罪者なのですが、どこか憎めないんです。

きちんと、彼の育った背景があって、なんとなく「お金」に対する執着の理由があって、そしてドラッグで簡単にお金が手に入るという環境。

それを選ぶか、選ばないかというよりは、選ぶしかないんでしょうね。
目的の為の手段が、ドラッグ・ディーラーだったというだけで。

だけど、はじまりは確かにそうだったかもしれないのですが、最終的には、「ドラッグ・ディーラーしかできない」という事になっていきます。

それが、悲しいんですよね。

映画というフィクションから、すごいリアルがにじみでてくる。
もちろん、実話ベースだから、に他ならないのですが、見ていてつらくなります。

だけど、目を背けたくなるつらさ、というよりは、生きてるなら誰もが感じる「生きる悲しさ」みたいなもので、「みんなそうだよね」とある種の確認作業というか、どこかで「まあ、仕方ない」って自分に言っているようにも思えます。

皆、「なりたい自分」「やりたい事」と「今の自分」「やってる事」ってそんなに一致してないですよね?

ドラッグ・ディーラーとしては、カリスマとなりますが、でも唯一欲しかった家族という存在は最後まで手に入れられずに終わります。

なんだか普通に考えると、逆じゃね? と思えませんか?

ディーラーでカリスマになるほうが、よっぽど大変だろうに。

これが、現存している方にちょっと失礼になるかもしれないんですけど、ある種の「呪い」的なものを感じませんか?

「家族」という運は最初から持っていなかったんですよね。

だからこそ、すごく憧れて欲しくてたまらないものなのに、どうしてもそこにだけ行き着かない。

大なり小なり人は、そういうものを抱えているような気がします。

私の人生完璧! って死ぬ時に思える人っているのかな?

そんな誰もが持つ「呪い」を、確認できるドラマなのでした。


そして、今改めて、普通が幸せ、と感じます。

だからこそ、私にとっての、映画のショート・トリップは大事なエンタテインメントなのです。

0 件のコメント:

コメントを投稿

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...